「本年をもちまして年賀状のご挨拶を控えさせていただくことにいたしました」
(うわー今年はこれ多いなぁ。まあ、郵便料金も上がったしね~)と思いながら手にとってみる。
この人との過去のやりとりを思い出してみた。
友だちになったのをきっかけに住所を教えてもらって始めた年賀状。10年20年と送っていると、結婚しました、子どもができました、間に喪中はがきをはさんで、引っ越しました、とその年の一年をギュッと濃縮した一文でもって返ってくる。
あ、そうだ。と思い立って、過去10年くらいのをひっくり返して、この人のだけをズラッと畳の上へ並べてみた。
お~、これって人生年表じゃん。ただの四角いハガキから、半生を振り返ることができるなんて。
ハガキとハガキの間には、毎年いろんなことがあったんだろうなぁ。私もあったよ、いろんなこと。それを伝えるには年に一回のハガキじゃ全然足らないのはおそらくお互いさまだけど、それでもその人を思い出すきっかけになる年賀状。
でも……。
来年からはもう届かないんだよな……。
届いたばかりの真新しい年賀状を手にとった。今年で最後だ。
年賀状がつないだ時間
今やりとりをしている人の中には、学校を卒業して以来、会っていない人もたくさんいる。昔はよく遊んでいたけどいつの間にか疎遠になった人もいる。よほどのきっかけがないかぎり、おそらくこれからも会うことはないかもなぁ。
「LINEでいつでもつながるしね」と思うけど、よく考えたらLINEを送るほどの用事はそうそうないんだよね。
LINEとはふだんから交流のある人とするツールであって、もう十数年も連絡のない人からどうでもいい内容が送られてきたら、ほとんどの人がドン引きするだろう。
でも、年一回の年賀状なら近況を報告できる。
便利なツールだなと思う。
楽を選ぶホモ・サピエンス
大昔は、年始回りといって、年始に親族やお世話になった人などを訪問して挨拶をする習慣があったらしい。その年始回りが簡略化されたのが年賀状。そして現代はLINEやSNSのDMが取って代わる。
古代から人間は楽を選ぶ生き物なのね……。ホモ・サピエンスったら。
年賀状のない未来を想う
年賀はがきの発行枚数は、2003年の44億5936万枚をピークに減少していって、2025年用は前年比で25.7%減。過去最大の減少になったそう。
そのうち、年賀状という習慣はなくなっちゃうのかな。私もそのうちLINEで済ますかもしれないな。
でも、思うんだ。
今はいいけど、これからどんどん年を重ねていったとき、果たしてこれまでのようにスマートフォンでメールやSNSを使いこなしているのだろうか。
老眼が進み、なにごともおっくうになる年齢になれば、スマートフォンなど、充電が切れたのも気づかないまま居間のテーブルに置いてあるだけ、にならないだろうか。いや、きっとそうなる。
人生の終盤
そして、人生の終盤を迎えたとき。
最後はハガキや手紙に原点回帰するような気がするんだよね。人生でお世話になった人にお礼のハガキや手紙を書く。
そのとき、いざ宛名を書こうとしたら、疎遠になりすぎてまったく相手がいなかった……、ではちょっと寂しすぎる。
だから、今、年賀状を送り返してくれる人とはできうるかぎり続けていきたい。そう老後のためにも……。
日本郵便が年賀状の販売を終えるのが先かもしれないけど……。
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